行政が主催の「とある無料法律相談会」にて、相談員をしたときのことです。
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相談者Dさん「ちょっと教えていただきたいんですけど。」
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私「はい、どうされましたか?」
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Dさん「数日前に、友人から裁縫関係の本を借りたんです。お風呂から上がってから縫おうと思って、先に段取りを頭に入れておこうと半身浴をしながらパラパラと本を見てたら、湯船にポシャっと落ちてしまいまして…」
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私「あらっ!」
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Dさん「その友人もよくお風呂で本を読むらしく、その本も軽く歪んでたのでお風呂で読んでたんだと思うんです。私が湯船に落として濡らしてしまったことを謝罪して、本代の半額を負担させてもらいますと提案したら、全額負担するか新品を買って来て欲しいと言われたんです!」
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私「あ、はい」
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Dさん「自分は前からお風呂で読んでいて歪んだ本に対して、全額負担か新品で返せとは、ちょっと厚かましくないですか?」
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私「あぁ…」
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Dさん「現金で半額を渡すのを認めてもらえない場合は、オークションで落札した物を返すつもりなんですが、やっぱり腑に落ちないんです。何で私がここまで時間と労力を費やさないとならないんだと。この厚かましい友人を理解させる方法を教えてください!」
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私「Dさんは賢明な方だとお見受けしましたので、少し法律的なお話をさせていただきますね。」
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Dさん「はい!」
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私「大きく分けて2点あります。」
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Dさん「はい!」
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私「1点目は、本の持ち主と、他人の本を借りている人では、出来ることが違うということです。お友達は自分の本をお風呂で読んで、本を歪ませてもよい権利があります。Dさんは本の持ち主ではなくて借りている人に過ぎないので、その本をお風呂で読んで歪ませたらダメだし、水没させてもダメなんです。」
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Dさん「そんなことは分かってます!借りた本をお風呂で読んだのは今回だけですから!友人がよくお風呂で本を読むというのを知っていたし、借りた本も友人がお風呂で読んでいて歪んでいたからこそ、私もお風呂で軽くパラッと読んだんですよ。そうでなければ、人の本をお風呂で読んだりしません!」
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私「ご自分の本はお風呂で読みますか?」
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Dさん「読まないです!濡れたりしたらイヤなんで。」
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私「人の物を借りてる人には、自分の持ち物を扱うときよりも、もっともっと慎重に大切に扱う義務があるんです。普段自分の本をお風呂で読まないのなら、お友達の本はもっとお風呂で読んだらダメなんです。法律的に。」
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Dさん「…」
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私「2点目は、人の物を借りてる人が借りた物を返す時は、借りたときと同じ状態の物を返さなくてはなりません。なので、Dさんはお友達に、借りたときの歪み具合のままのその本を返さないとダメということです。」
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Dさん「そんなの無理です!湯船に落としてしまったんですから!」
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私「ですよね。でも、湯船に落としてしまったのはDさんで、お友達ではないですよね?」
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Dさん「ええ…でも、わざとじゃないんですよ!」
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私「ところで、半額なら弁償するとのことですが、その半額ってどこから出てきた額なんですか?」
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Dさん「歪んで読み古した本の価値なんか半額もいかないと思いますが、友人と私が折半する形にしてあげれば喜ぶと思ったので半額にしました。」
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私「なるほど。全額弁償というのは新品に対するもので、中古なんだから時価で弁償すれば十分。元々歪んでたんだから時価なんかほぼ0円なのに、半額を出すとこちらは譲歩しているのに!ということですね。」
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Dさん「そうです!そうなんです!!それが言いたかったんです!!綺麗な本だったら、全額弁償もあり得ました!」
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私「民法っていう法律に『人のものをタダで借りた人が、借りた物を誤って傷付けたり無くしてしまった場合は、元通りにして返す義務がある』っていう規定があるんです。Dさんはお友達にレンタル料を払って借りました?」
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Dさん「あんな中古の本を借りるのに、レンタル料なんか払うワケないじゃないですか!」
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私「もしお金を払って借りていたのなら、経年劣化していた部分の弁償は必要ないんですが、お金を払わずに借りていたのなら、経年劣化していた部分に対しても弁償する余地があるんですよ。」
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Dさん「どういうことですか?」
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私「『弁償額は時価でOK』ではない、ということです。お友達が全額弁償を希望しているのもおかしなことではない、ということです。」
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Dさん「はぁっ!?先生もあっちの味方ですかっ!?」
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私「私は中立ですよ。法律によれば、そういうことになります。」
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Dさん「そんな理不尽なことが通るんですか!おかしくないですか!」
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私「おかしくないですね。弁償額はお二人で話し合って決めてくださいね、ということですから。」
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Dさん「せっかく私が半額出してやるって言ってるのに、全額とは図々しいでしょう!オークションを利用するのだって、振込手数料や送料もかかってくるから予算の半額を超えてしまっているし、時間だって割いているんですよ?」
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私「(知らんがな…)じゃあ、Dさんのご希望通りに半額を弁償なさったらよろしいんじゃないですか?」
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Dさん「私が何のためにわざわざ電車賃を使ってまでこんな所へ来て、相談してると思ってるんですか!友人も納得する円満解決の道を探ってるからでしょ!」
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私「お友達の希望は、全額弁償か新品での返却でしょ?Dさんの希望は半額弁償か中古品で返却でしょ?どちらかが折れないと、解決は無理ですねぇ。」
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Dさん「だから、友人が折れるように、何か手立てはないのかと聞いてるんですっ!」
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私「ないです。」
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Dさん「はぁ!?法律家のくせに、手立てはないだなんて言ってもいいんですかっ!?」
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私「ないものはないとしか言いようがないです。Dさんとお友達、非があるのはDさんです。非があるDさんがお友達の希望を聞き入れるのが最善でしょう。」
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Dさん「…やっぱりあっち側じゃないですか!」
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私「あっちやこっちという話ではないんですが…お分かりいただけないようですね。」
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Dさん「じゃあ、先生が私ならどうしますか?!」
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まだ続きます・・・